※この物語は筆者の実体験に基づくフィクションです。
主人公:猫実 こいと(ねこざね こいと)ー サッカーとラーメンが好きな女の子
「始まりは1杯のラーメンだった」
猫実こいと。
ここは神奈川県の片田舎。
深夜に人気のなくなった通り沿いに小さなラーメン屋が灯りをともしていた。
私のお目当ては、看板メニューのとんこつラーメン。
深夜のアウェイ遠征前には、ここのラーメンを食べるのが恒例行事になっている。
店内にいるのは、店主と私、それから中年のおじさんが一人。
たった十席のカウンターだけの店――その窓際の端っこに腰を下ろすと、店主が手慣れた動きで食券を受け取りに来た。
「かためでお願いします」
とんこつは“かため”、家系は“うすめ・少なめ”――これが私のこだわりなのだ。
「はいよ」
ぶっきらぼうだけどどこか温かい声とともに、水の入ったコップがカウンターにコトンと置かれる。
スマホで時刻とちらりと確認すると午前0時を回り、日付は12月8日になっていた。
こんな田舎町で深夜営業を続けているラーメン屋は本当に貴重だ。
ありがたみを噛みしめつつ、水をひと口だけ飲む。
◇
今日――12月8日。
J1リーグ最終節の日だ。
私の愛する東京ヴェルディは、サンガスタジアムで京都サンガF.C.と対戦する。
ここから車で京都へ向かう私は、胸の高鳴りを抑えるため深呼吸を繰り返していた。
アウェイ遠征は楽しいことばかりじゃない。
寒いし、眠いし、負ければ心も折れる。
でも、だからこそ全部まとめて味わい尽くしたい。
――それが“アウェイサポーター”としてのポリシーなのだ。
24時間後、私はきっとベッドで屍と化している。
わかっているけど、やっぱり行く。
「お待ち」
威勢の良い声とともにラーメンが私の目の前に運ばれてきた。
ふわりと立ちのぼる湯気――
(あれ、この店主……飯田主審にそっくり)
などと余計なことを考えつつ、鼻先をくすぐる豚骨の香りに意識を奪われる。
深夜のラーメンはどうしてこんなにも背徳的なのだろうか。
高鳴る鼓動を落ち着かせるように髪をひとつに束ねると、ゴムがぱちん、と小さく跳ねた。
「いただきます」
レンゲでスープをすくう――とろりと舌に絡むコク。
ああ、うまい。
この瞬間から私のアウェイ遠征が始まるのだ。
夢中で麺をすする。
◇
少し硬めに茹でられた細麺が、スープと絶妙に絡み合う。
深夜にラーメンを食べる罪悪感? そんなものは、華麗なドリブルで相手をかわす森田晃樹のように、するりとかわしてしまえばいい。
気づけば、丼の底に残るスープはあとわずか。
名残惜しさを断ち切るように、両手で丼を持ち上げ、最後の一滴まで飲み干す。
思わず笑みがこぼれ、思わず口をついて出た言葉は、
「行ってきます」
店主が目を丸くし、隣の常連客と顔を見合わせる。
しまった、と気づいた時にはもう遅い。
顔にカッと熱が集まるのを感じながら、私は慌てて言い直した。
「まっ、間違えました!ごちそうさまです...」
足早に店を出ようとする私の背中に、店主の少し呆れたような、でも温かい声が追いかけてきた。
「行ってらっしゃい」
さあ、京都へ行こう。
私の、私たちの、長い一日が始まる。
次のお話し
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